私を追い詰めたものの正体

太田百花さん(仮名)、36歳は追い詰められていました。
合わないと思いつつ、7年間頑張って働いた会社。でも、育休明けは全く違う部署に配属され、仕事を一から覚えないといけなくなりました。
子育てと両立しながら、育休明けの頭で新しい仕事をやる生活は限界を迎えつつありました。
そんな太田さんはコーチングを受けて、自分を苦しめていたとあるものに気付きます。
(聞き手:CoParents代表・古村)
仕事と家庭の両立に追い詰められる自分を認められなかった
── これまでのキャリアと現在の状況を教えてください。
新卒で総合商社に入って営業事務を5年間やった後、転職して別の会社で事務をしていました。その2社目で育休を取得して、7年間勤務しました。
プライベートでは、夫と4歳の娘の3人家族です。
── CoParentsのコーチングを受けようと思ったきっかけを教えてください。
元々コーチングにはずっと興味がありました。小さい頃から自分を内観することが多かったんです。「私はこう考えているんだな」と自分の気持ちを整理するのが好きでした。
だから、コーチングというものを知った時から、「私がコーチングを受けたら絶対面白いだろうな」とずっと思っていました。
そして、仕事と子育ての両立に追い詰められていた時に、InstagramでCoParentsのことを知り、受けてみようと思いました。
── 仕事と子育ての両立に追い詰められていたというのは、どういう状況だったのですか?
そもそも2社目の会社は、最初の1週間で「合わない」と感じたんですよ(苦笑)
でも、やめられずに、7年くらいいてしまいました。
会社は合わないけれど、なんとか頑張って、ちょっと仕事ができるようになってきました。でも、育休明けに、全く違う部署に引き継ぎも何もなく配置転換されてしまいました。
産後の頭で新しい仕事を一から覚えないといけない。しかも、時短勤務で仕事の持ち時間は限られている。頭も体もついていかなくなって、最終的に日常生活に支障が出るようになりました。
── 生活にも支障…ですか?
娘のお迎えに行き忘れてしまったり、電車を乗り過ごして全然違う駅で降りてしまったり…家にいても上の空で変な言動をしていた気がします。あと、仕事のメールを読んでも理解できないこともありました。
── 産業医にはかかられましたか?
いいえ。今思うと、産業医に見てもらわないといけない状況になっていると認めたくなかったのだと思います。
── 配偶者の方と家事育児の分担はできていましたか?
夫は家庭にとても協力的でした。それでも私には体力面、精神面共に余裕がありませんでした。
両実家とも遠方で、子どもを気軽に預けられず、常に子どもと一緒だったのも大きかったと思います。1人になれる時間がなくて、リフレッシュができませんでした。
そんな状態で、もうどうにもならなくなって、CoParentsの体験コーチングを申し込んだ時には退職しようと思っていました。自分だけがダメな人間なのだと思ってしまって、育休復職から2年間、ずっと自分を責め続けていました。私はプライドが高い人間だったので、もっとできるはずだと思っていたんですよね。自分ができないことを認めたくなかった。
私は自信を失っていました。でも、ちょっとでも自信を取り戻したい。自分の気持ちを整理したい。そんな思いで、Instagramで見かけたCoParentsに申し込みました。
──CoParentsでは 磯山江梨コーチ(えりさん)の体験コーチングを受けて、そのまま継続コーチングに進まれました。えりさんをコーチに選んだ理由や、継続コーチング受講を決意した理由を教えてください。
えりさんと体験コーチングでお話した時に「この人と私は相性がいい!」と一瞬でわかりました。
えりさんは以前私が今住んでいる地域に住んでいたことがあったそうです。フィーリングが合ったのはその影響もあるかもしれません。それと、えりさんは育休明けに鬱で休職されたという経歴があるので、「きっと私のこと分かってくれるだろうな」と感じて、すぐ継続コーチングを決めました。
実はCoParentsではない他社でも体験コーチングを受けたのですが、そのコーチとはあまり相性が合わなかったんです。その意味では、CoParentsがママさんに特化したサービスというのも決め手になりましたね。
自分を苦しめていたのは「運動部」

── えりさんとの継続コーチングはどんな流れで進みましたか?
私は「理想を生きる12回コース」に申し込みました。12回のセッションは大きく4つの章に分かれていたと思います。
1~3回目では、私が生まれた時からの人生を丁寧に深掘りしました。今まで生きてきた中で自分の中にどんなキャラクターがいるのかを全部書き出していきました。
4~7回目では、最初の3回で洗い出した私のキャラクターを1つ1つをさらに探求しました。今までの人生の中でどのキャラクターが一番強く出ていたかを考えました。
7~9回目は、私はこれから、自分の中のどのキャラクターで生きていきたいかを固めていく時間でした。
残りのセッションでは、7~9回目で決めた自分のキャラクターを使って、どのように生きていきたいかを考えました。
──12回たっぷりと、ご自身の中の特徴(キャラクター)と向き合われたのですね。ご自身の中にはどんなキャラクターがいたのですか?
まずは「運動部」というキャラクターです。えりさんと一緒に命名しました。
私は小さい頃から高校生まで、ずっと水泳をやっていました。全国大会にも行きました。だから、努力・忍耐・根性みたいな要素が自分の中に色濃く存在しています。そのキャラクターについて、えりさんが「運動部っていう名前はどう?」と提案してくれて、「それだー!」としっくり来ました。
──「運動部」は太田さんにどんな影響を与えていたのでしょうか?
全国レベルの強豪運動部に身を置く中で、「ライバルを蹴落としてでも結果がすべて」という価値観で生きてきたように思います。
その「結果がすべて」という価値観により、他者から評価されないことがとても怖くなっていたんだと気付きました。さらに、私も人のことを「結果がすべて」という基準で見ていたのではないかと。そんな自分にショックを受けました…
すると、えりさんに「今まで、『運動部』が百花さんの前面に出てただけ。百花さんの良いところは他にもいっぱいある。これまでは単に『運動部』にだけスポットライトが当たっていただけだよ。」と言ってもらったんです。これにはハッとさせられました。私は、自分自身のことを「運動部」という一面でしか捉えられていなかったんだなと気付きました。
── 結果がすべて、努力・忍耐・根性の「運動部」は、体験コーチング時に抱えておられた辛さにも影響していたと思いますか?
そうですね。私の自責思考の強さは運動部の影響だと思います。
また、中途入社した会社を「合わない」と思いながら7年もいてしまったのは、「物事を途中でやめてはいけない」という運動部の価値観があったからだと気づきました。「環境が合わないんじゃなくて、自分がその環境に馴染めていないだけだ。自分を変えて環境に合わせていかなければいけない。」という発想で動いていましたね。
運動部の影響は家庭にも出ていました。正直に言うと、私は子どもと遊ぶのがあまり得意じゃないんです。
── おおっぴらには言いにくいことかもしれませんが、小さな子どもの延々と続く謎な遊びに付き合うのはしんどい時もありますよね。
そうなんですよね。だから私は時々1人になって気分転換しないとちょっと持たないというか。でも、「母親が『子どもとずっと一緒にいるのがしんどい』なんて思ってはいけない」「子ども人に預けて自分の時間を取るのは悪だ」という気持ちがずっとありました。これも運動部の根性論かもしれません。
また、私の実母は家事育児共に完璧な人でした。その母に「子どもを預けるなんてかわいそう」と言われたことも影響しているかもしれません。
私は「99%の悪いことがあって1%の喜びがある」という母の口癖を小さい頃からずっと耳にしていました。そこに「運動部」も相まって、「苦しいことは避けずに乗り越えなければいけない」という感覚が染み付いていたんだと思います。
夢やリラックスが根性論に負けてしまう
── えりさんから「運動部が前面に出ていただけで、百花さんには他に良いところがある」というフィードバックをもらっていましたよね。コーチングを通じて、百花さんの中に隠れていた他のキャラクターは見つかりましたか?
はい!「ふぬけちゃん」と「ワクワクちゃん」の2つです。この2つについても、えりさんが命名を手伝ってくれました。
「ふぬけちゃん」は、「本当はもっと楽したい。我慢したくない。もっとゆっくりしたい。」という、運動部とまるで真逆のキャラクターです。
一方、「ワクワクちゃん」は、「私は今とは全然違う環境に行きたい!他にやってみたい夢がある!」というキャラクター。夢や好奇心に満ち溢れている子ですね。
えりさんとは、「これからはこのふぬけちゃんとワクワクちゃんを軸にして生きていったら面白いかもね」と話していました。だから、コーチングではこの2つのキャラクターについて話す機会が多かったです。
でも、ふぬけちゃんとワクワクちゃんがなかなか前に出て来なかったんです。
── つまり、もっと楽したい!別のことに挑戦してみたい!と思う気持ちがあっても、「今の仕事や子育てを頑張り続けなければいけない。そこで結果を出さないといけない。」という気持ちが勝ってしまうということでしょうか?
まさにその通りです。運動部が前に出てくるから、私がふぬけちゃんやワクワクちゃんの方にどうしても行けない、ということが多かったんです。
だから、えりさんには、「なんで運動部が強いのか」「どうしたら運動部を弱められるか」という点にかなり時間を使ってコーチングしてもらいました。
「できない私」を受け入れられた時
── 運動部が強い理由の深堀や、運動部を弱める作業は、きっと4~7回目のセッションの時期ですよね。この時に実際にやったことや、気付いたことを教えて下さい。
えりさんに言われて本当に大きかったのが、「物事には多面性がある。百花さんは運動部の視点で物事を選び取って生活してきただけ。1つの物事に対してできる考え方の数は無限大です。どの考え方を選んで人生をハンドリングするかは自分次第です。」という言葉でした。えりさんのこの言葉を聞いた時に、肩の力が抜けた感じがしました。
そして、えりさんの提案で、「1つの物事に対して可能な考え方を無限に挙げてみる」というワークをやりました。このワークのおかげで、これまでの運動部的な考え方だけではなく、「こんな考え方を選んでいいんだ!もっと楽になれる考え方をしてもいいんだ!」と気付いて、大きな衝撃を受けました。
それ以来、運動部的な考え方に引っ張られそうになった時に、「あ、こう考えたらいいんじゃない?」と自分の中で意識的に違う考え方を選ぶことができるようになっていきました。
── 運動部以外の考え方を少しずつ実践できるようになっていったのですね。コーチングを通じて様々な気付きや変化があったと思うのですが、太田さんの実生活に最も大きな影響を与えた変化は何でしょうか?
1番大きかったのは、自己受容できるようになったことです。物事には色々な考え方がある。自分は何者でもない。そんな風に肩の力を抜いて思えるようになりました。
今までは運動部精神で、「私は絶対できる。もっと頑張らなきゃ。」と思っていました。でも、「私には色々できないことがあるな。」というのを、良い意味で受け入れられるようになりました。
すると、子どもへの接し方が180度変わりました。
── それは具体的にどういう変化でしょうか?
「子どもにできないことがあるのって当然だよね。だって私だってできないもん。」と思えるようになりました。
これまでの私は「なんでこんなこともできないの!?」と子どもにきつく言ってしまうことがありました。子どもにそうなってしまっていたのは、私自身が「できないことは悪いこと」と思っていたからなんですよね。
でも、「私だってできないことがいっぱいある」ということを受け入れられた時、子どもに対して「あ、この子もまだ4年しか生きてないんだから、仕方ないよな」と思えるようになりました。今までの私はかなり怖いお母さんでしたが、本当に変わりました。
── できない自分を受容できたら、子どもが色々できないことにも寛容になれたのですね。
そうですね。
私は追い詰められていると思っていましたが、コーチングが終わった今思うのは、私は自分で自分を追い詰めていたということです。「仕事に追い詰められても頑張って、育児も親に頼らずにやってる自分」みたいなのに拘っていたのだと思います。正社員であることに変なプライドを感じていたのも事実です。
コーチングを始める前は、「どうやったら両立できるか」「合わない環境でどう頑張るか」というのをSNSやYouTubeで探し続けていました。でも、答えはそういうところにはないと気付きました。
良い意味で自分ができないことを受け入れたら楽になりました。
仕事をセーブして昔の夢を追う

── コーチングの終盤では、自分の中のキャラクターを活かしてどのように生きていきたいかを考えられたと思います。具体的な人生やキャリアのビジョンは見つかりましたか?
7年勤めた会社を辞めて、コーチングが終わってから新しい仕事を始めました。今は正社員ではなく、フルタイムのパートタイム勤務で、キャリア支援に関する仕事をしています。
先に仕事を辞めていたので、子どもの保育園継続の関係で、コーチングの最後の方の時期には、早く次の仕事を探さないといけない状況にありました。でも、「こういう仕事がしたい」「キャリアにおける自分の強みはこれだ」というのが全然出てこなかったんです。
その状況をえりさんと深掘りしていったら、「百花さんは今、仕事を頑張りたいというモチベーションがないんじゃないか。もっと家庭や自分自身のことでやりたいことがあるんじゃないか。」とえりさんに言われました。
そこで気づいた、というか思い出したのが、「大学院に行きたい」という昔からの夢でした。大学の学部生時代に学んだ文学や語学をもっと深く勉強したいという気持ちがずっとありました。
えりさんの、「別に仕事で華やかなキャリアを積む必要もない。自分のやりたいことをちょっとずつ進めていくのもよいのでは?」という言葉を聞いて、自分で考えた結果、大学院進学を目指すことにしました。
── ここで大学院進学という意外な選択肢が出てきましたね。新しい環境に行きたい、夢に向かって進みたいという「ワクワクちゃん」が前面に出ていますね。
そうですね!まだ具体的にどの大学院にしたいかというのは見えていません。とりあえず今は、ずっとやりたかったけどできていなかった勉強をしようということで、文学や語学に関する書籍を読んだりしながら勉強に時間を割いています。ほんと、えりさんの言う通り、「やりたいことをちょっとずつ進める」という状況です。
そして、勉強したり、大学院進学の準備をするためには、仕事の時間や内容をセーブして勉強の時間を確保する必要があるよね、と。そういうわけで、今は正社員ではなく、フルタイムのパート勤務という形態で働いています。
── 今の仕事はいかがですか?
前とは全然違います。以前は合わない環境に身を置くこと自体が辛かったんですよね。
今は前から興味があったキャリア支援の仕事に携われています。パート勤務ですが、勤務時間はフルタイムなので、働く時間の長さは以前と変わりませんが、気持ちが全然違います。なんか、良い感じで働かせてもらっています。
── 正社員への拘りはもうなさそうですね。
もうないですね。以前の私だったら「他の人は頑張って正社員で働いているのに、なんで私はパートなんだ!?」と思っていたでしょう。でも、今はそういうことは全然思わないです。
物事の正解は1つじゃない
── 全12回のコーチングを通じて、最もインパクトが大きかったことは何ですか?
人と比べることが減ったことも大きいですが、やっぱり「物事は多面的に見られる。どれを選ぶかは自分次第」というえりさんの言葉です。今後の人生の中でも指針になるような言葉を頂いたと思っています。子どもにも教えていきたいと思っています。
── 最後に、どんな方にコーチングを勧めたいですか?
以前の私のように、自分のことを責め続けてしまっている人にぜひ受けてほしいです。
── 真面目で頑張り屋さんで、だからこそできない自分を責めてしまうワーママさんに、ぜひ自分を受け入れて前に進む勇気を持って頂きたいですね。太田さん、ありがとうございました!
おわりに
仕事と子育ての両立に追い詰められていた太田さん。その苦しさの原因は、「運動部」という自分の中のキャラクターでした。
「無理をしてでも頑張り続けて、結果を出さないといけない」という呪縛から解放され、「できない自分がいてもいい」と思えるようになった太田さん。随分心が軽くなったようです。
一方で、太田さんが頑張ることを一切辞めたわけではないのも注目ポイントです。太田さんは正社員からパートタイム勤務に仕事を切り替えて、大学院進学にご自身の時間とマインドを使うようになりました。
太田さんのように、目の前の仕事はセーブしつつ、本当にやりたいことのためにリソースを割くというのも1つの素敵な人生のあり方ではないでしょうか。
CoParentsはワーママに特化したコーチングサービスです。それぞれの方が自分にあった人生やキャリアを選択できるよう伴走させていただきます。お気軽に体験コーチングにいらして下さい。
太田百花さん(仮名)
36歳。新卒で総合商社に入り、その後転職先での事務職を経て、現在はフルタイムパートとしてキャリア支援業務に従事。夫と4歳の娘の3人家族。

磯山 江梨 (下山さん担当コーチ)
CTIジャパン/米国CTI認定プロフェッショナルコーチ(CPCC)
グラフィックデザイナーを経て日系ベンチャー企業で約15年勤務。広報/PRを経て、現在は時短社員として人事に従事。プライベートでは小3の息子の母。息子との限られた時間と仕事とのバランスを模索しながら楽しくやっている。
出産・育休復帰後に仕事と育児の両立でパンクし、うつで休職。
復帰後も人との関わり方に悩み、ライフスキルとしてコーチングを学び始め、生きるエネルギーを取り戻す。
現在は人事業務と並行して、社内外でコーチングを提供するほか、地域へのコーチング啓蒙活動などにもマイペースで関わりながら「今しか体験できない子育て期を満喫する」をモットーに暮らしている。
※コーチプロフィールは記事掲載時のもの
